自分の意見の正当性を主張する

或主張を批判するには、「その主張が正しいと假定して推論を進めると、矛盾が生ずる事を指摘する」「その主張が、問題を滿足に解決するかどうかを檢討する」と云ふ方法がある。

闇黒日記(平成十五年六月七日)より。
論理学の入門からやつてゐる私には難しいのですが、少しだけ。
色々な条件が必要だと思ふのですが、先づ最初に論点を確りと確認しておく必要があるでせう。其の論点に対して、自分と其の対峙者との主張が割れれば始めて議論が可能になるのです。議論に必要な要素は、自分の主張の正当性を立証する事と、相手の主張の不当性を立証する事の二点に別けられます。で、今回引用したのは後述の部分を説明してゐる文言です。
「相手の主張が自分の主張に合はないから駄目な主張だ」とするのは批判ではなく、単なるぼやきです。主張が合はないから議論になるのです。相手の主張や論点其のものをずらしてしまふのもよくありません。論点が曖昧になり、議論に無駄が多くなります。
相手の主張を元に推論を進めて、矛盾を探り出して反駁するのは、相手の主張の不備を突く遣り方です。此処で相手が別の主張を持出すやうであれば、其れは相手の主張に不備が在つた事を認めたに等しいので、相手の主張が負けた事になります。
相手の主張が問題を満足に解決するかどうかを検討すると云ふのは、論点に対して相手の主張がどれだけ有効に働くのかを検討する事ですが、この度合ひを測るのは少々難しいかと思はれます。例へば、基準となる単位を活用して物事の数値化を図る方法があります。其の上で、自他の主張の優劣を数値で較べる方法が解り易いでせう。
ウェブ日記が議論に向いてゐるか否か」の議論ですが、私は実際に議論になつてゐるのであれば、其処がウェブ日記だらうとIRCであらうと掲示板であらうと特に構はないと思ひます。其れらを交差(クロス)させた形での議論すら可能であると考へてをります。
蛇足ですが、「HTMLメールの危険性」は、受信者から文句や苦情を言はれる可能性が在ると云ふ意味では慥かに「危険」が在ると思はれます。
御参考迄。