横軽
其の昔、信越本線の横川駅と軽井沢駅との間にはアプト式(と思つたのですが、当時はもう「アプト式」では無かつた模様、昭和38年9月30日に廃止)と呼ばれる線路で繋がれてゐました。線路の真ん中にギヤの歯のやうなものが並んで、其のギヤに機関車のギヤを噛ませてもの凄い音を立てて登つて行くのです。夜行の電車急行「能登」は過去、高崎駅と直江津駅の間を信越線を使つて運行されてゐました。上野駅から出た「能登」は、酔払ひと長距離の客を乗せて夜中に出発します。酔払ひは五月蝿い客なので、こいつらがゐると碌に寝られません。五月蝿い、本当に五月蝿い。でも、其の我慢も熊谷駅を過ぎた頃には大体収まります。高崎駅を過ぎるともう長距離の客が思ひ思ひの格好をして休んでゐます。暫くして明りが弱くなります。深夜の時間に其れはやつて来ます。ギギャギャギャギャ……、凄い音響を伴つて、緩い速度で列車が進みます。驚いて周りを見渡すと、其処は「横軽」の峠だつたのです。もの凄い音が響いてゐて、進行方向に向つて明かに列車の床が上つてゐます。軽井沢駅の到着まで其れは続きます。……、いつしか気を失つて、気が附くと其処はもう富山駅を過ぎてゐたのでした。金沢はもう直ぐらしい。
金沢への車中にて、記憶を辿る。